第2章 最初の国産コンピューター
FUJIC(科学博物館展示)

 続きまして国内にも目を向けてみましょう。
日本におけるコンピューターの歴史はアメリカにENIACから遅れる事10年、1956年に実質1人の人間、しかも専門家ではなく一企業に勤めるレンズ技師が完成させたコンピュータから始まります。

始まりは当時富士写真フィルム(現富士フイルム)に勤務していた岡崎文次さんが会社に提出した企画書「レンズ設計の自動的方法につて」がきっかけになります。当時のレンズ設計にはレンズを通過する光線の収差を確認するために何千本もの計算を手作業で行っていました。当然何ヶ月もかかる作業です。
岡崎氏は初期のアメリカで作られていったコンピュータの記事を見て、それをレンズ設計に役立てようと考えたのです。その企画書は1949年3月、見事に会社より20万円の予算を引き出すことに成功しました。
それから3年9ヵ月後に製作に着手、3年3ヶ月の製作作業を経て、1956年3月に真空管約1700本を使ったコンピュータ、FUJICが完成します。
このFUJIC、驚くべきことが実にいくつもつまっています。

 まずなにを差し置いても素晴らしい偉業は最低限の会社からの資金、補助者を別にすれば実質岡崎文次氏1人で企画から設計、製作まで行ったことです。まだ国家プロジェクトクラスの出来事であったコンピュータの作成を長年の歳月をかけたとはいえ、先進国のアメリカに遅れる事わずか7年でプログラム内蔵型のコンピュータを作ってしまったのです。
 次にFUJICは実際にレンズ設計に使われたという事。幸か不幸か学問でも研究のためでもなく、ましては国家のためででもなったため実に実用的な仕様に仕上がっていたということです。
 それ以外にも最初から述べている様に国内最初のコンピュータである等々、世界的に見ても実に偉大なコンピュータであると言っても過言では無いでしょう。

 このFUJIC、後に早稲田大学に寄贈され現在は東京、上野の国立科学博物館にて実物を見ることが出来ます。是非1度ご覧に足を運ばれると良いかと思います。

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